色麻町後編です。
ちなみに前編はこちら。
愛菜ハウスにあったフリーペーパーに、
日の出山瓦窯跡というのが載っていました。
「ひのでやま がようせき」と読むようです。
「かわらかまあと」でも間違いはないようです。
瓦を焼いて作っていたというところですね。
前編の念南寺古墳から車で行けます。
☆マークが念南寺古墳です。
古墳からだとこのルートが良さそうです。
僕は一度、愛宕山公園まで戻ってしまったのですが、東西どちらのルートでも行けます。
ただ角を曲がるときは通り過ぎないよう気を付けてください。
目印という目印が何も無いので…。
その分、のどかでドライブするにはとても気持ちいいですよ。
矢印の先の赤丸に駐車場があります。
駐車場からピンの立っている窯跡まで歩いていきます。
地図で見る限り200メートルちょいのようですね。
駐車場からこんな小道を通っていきます。
なんだか『となりのトトロ』みたいですよね。
そんなことないか。
しばらく歩くと…。
いい感じのところに出てきます。
いい感じのところに出てきます。(二度目)
…いや、どうすか。
僕は割と感動してて宮城のプロヴァンスやないか! なんて思ってましたが…。
そんなことないか。
はー、南フランスの田舎とか行きたい。
はい、進みます。
写真には思いっきり轍が刻まれてますが、
おそらくトラクターのおんちゃんでしょう。
窯跡はもう目の前です。
どん、
なーるほど…。想像と違って
窯跡です!!
窯だったところに今は垣根が植わってます。
大事なのは斜面です。この斜面。
窯造りに適した地形だったわけですね。
垣根の写真のように七基の窯が横に並んでいたわけですね。
それにしても、ここで生産した瓦が多賀城で使われていたなんて…!
当時は、はるばる多賀城まで運ぶのも大仕事だったのでしょう。
一大事業ですね。
窯の構造
地山層を掘り下げ前庭部を設け堀りぬき、地山層を直接に窯壁や床面として構築された地下式の窯である。
やはり大事なのは地形のようです。
日の出山地区には五群の窯跡があるとありますから、
この辺りは窯造りに適した地形が多いのですね。
他の窯跡というのも気になります。
窯跡からは七つ森が見えています。
あのぼこぼこした山々のことです。
この景色を眺めながら昔の人は瓦を焼いて、
多賀城まで運んで行ったわけですね。
七つ森もいつか紹介したいですね。
伝説とかが面白いですからね。
と、この記事書いてたら、こんなサイト見つけました。
PDF資料で垣根になる前の様子がわかります。
やはり穴の状態を保存していくのは難しいのかな。
なにはともあれ必見です。
色麻町はいろいろと遺跡が残っていて面白いですね。
もう一度言っておきます。
景色はプロヴァンスです。
…それではまた。
こちらは多賀城跡を訪れた記事です。